2011年8月24日水曜日

「光陰矢の如し」に思う



年齢が嵩むと月日の流れるのが早く感じるようになる。
幼年期の頃は一日の時間が経つのも遅く感じ、季節の間も非常に長く、一年なんてとんでもなく長いような気がしたものです。
ところがやがて中学生になり、高校生になり、そしてやっと大人になったなと思うのもつかの間、20代から30代へすんなり経過し、40代にもなるとそれ以後は高速回転、録画ビデオの超早送りみたいな。
いまや60代、超々、タイムマシーンに乗ってスリップしてるような気がしてなりません。
これはどうしてでしょうか?
時間の経過はどの時代も同じ筈なのに…。

仕事が忙しいからとか、家庭を持ってあれやこれやとてんてこ舞いとかはどうやら関係ないようです。
なぜなら、いまは毎日日曜日祝日なんで、暇~、体も頭もなにもかも時間を持て余しています。
それでも時の経つのは早い、光陰矢の如しそのものです。

これは思うのですが、やはり年とともに老化が進み、脳が呆けているからなんでしょうね。
記憶力そして思考スピードの低下が本人の自覚なしに意外と進んでいる。
そのことによって、外の時間と脳内の時間にだんだんとズレが生じてるんじゃないかと…。

若いときは思考能力が活発で一時間の間に20ものことができていたことが、40代では10に、そしていまや3に、一方記憶力は同じく一時間に20覚えられていたことが、いまや三つ覚えるのに四苦八苦。
17歳1年間の思い出が50あって、思い出をなぞらえる時間が仮に5時間必要とすると、60歳の1年間の思い出いくつあるだろうか。思い出をなぞらえるのに20分もかからない、いや、それどころか1分もないとなると悲劇だが…現実味を帯びている。
要するに、年齢が高くなればなるほど外界の出来事は記憶量が少なく、それだけ時間間隔はスピードアップするのと同じ原理というわけだ。

しかも、若いときは常に未来思考、目標を持って将来を見据えたときに、その到達までには「まだかいやまだだ」という印象がつきまとうが、高齢化するとどうしても過去に囚われるので、「済んでしまったことの繰り返し」そして現在はボーッと過ごしてしまうというのはどうしても時間の経過が早く感じてしまうのだろう。
これは内面的な要因が極めて高い。

年齢が高くなっても、小さな目標を持って、先のことを見据え、その一瞬を懸命に考え抜くことが大切ではないかなと思う今日この頃です。


ST*2、W30*1

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