道草の語源は、馬を蹄洗場に連れて行こうとして、ズルズルと引きずられて草むらでムシャムシャと草を食べてる様子、耳は完全に馬耳東風の状態を指すそうですが、何かに似ている。
Wikipediaによると、
ほとんどの人間は、子供のころ、道草を大いに楽しむ生活を送っている。だがなぜか大人になると自分自身がそうした時代を過ごしてきたことを忘れてしまい、「道草には意味が無い」と決めつけて、子どもを叱ったりする。
環境心理学者たちが研究した結果、大人が主張する上記のような通念や固定観念というのは、事実に反しており、実際には道草にはさまざまな価値・効用があるということであり、道草は子供の精神の成長や子供の社会化に役に立っている。
街、地域社会などの環境が、物理的にもまた社会的にも道草を許す構造になっているということは、子供たちのメンタル面に良い効果をもたらし、笑顔を支える効用があり、精神的な成長にも好影響を及ぼす、ということが明らかになってきている。
もう学校に通う子どもではないのですが、「山歩き」はひょっとすると殺伐とした街や人間関係からちょっぴり抜け出して、生活や心に潤いをもたらそうとする大人の「道草」かも分かりません。
山に登ると、人間社会のことはさっぱりと忘れ、耳に入ったり目にするのは風や山野草そして小動物たちの声のみ、どれほど癒されることか。
子どもたちには、道草が出来る遊び心のある街の構造や、緑がいっぱいあって、リスや小鳥などの生物が棲める環境を大人たちが作ってあげないといけないようです。
ST*2、W30*2
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