2026年2月28日土曜日

おんびき岩(ガメラ岩)



笠松山の北側登山口から少し登った西側尾根上にあるおんびき岩、
おんびきとはヒキガエルのことですが、通称ではがまがえる
のことのようです
これを反対側から眺めるとガメラにも似ているそうです
むかしはおんびきは田んぼや川の土手付近に
たくさんいて、夏の夜に釣りあげて売っていたのですが
もう食べる人はいなくなりました
食べたことはないのですが、やや半透明な身をしていたことから
淡白な味なんでしょうね
鳴き声はブオーッ!
結構、遠くまで聴こえてきてうるさかった
ちなみにかぎ型の釣り針には白い玉が付けられていて
おんびきはなぜかこの白い玉に飛びついて
で、その下についているかぎ針に引っかかるという仕組みです
おんびきは動くものならなんでも飛びついて
口に入れようとするのですが
夜釣りが主なため、白い色が目を引くということなんでしょうね


 

2026年2月27日金曜日

世田山展望台



世田山・笠松山には南北朝時代の頃の山城跡の
遺構があり曲輪や堀切、それにわずかだが石積みが残されている
この地でも激しい戦いが繰り広げられたようで
城にこもった大館氏明は討死、そのお墓が世田薬師奥の院にあるらしい

岩場からの眺望は抜群で、戦いがあったとは思われぬほどに
長閑な景色が広がっていて、燧灘の向こうに
荘内半島が黄砂で煙っていた



 

2026年2月26日木曜日

笠松山にて



先日、昨年発生した世田山から笠松山にかけての広範な山林火災
の現場である山道を歩いてきました
山頂にある笠松観音堂は焼けずに護られていましたが
境内にある松の木や周囲の樹木は真っ黒に焼けこげ
特に海から吹いてくる風の通り道の樹木などは無残な姿でした
出合わせた地元の方のお話では
山頂付近へは消防のホースが届いたんだそうです
登山口から山頂まで1.2kmの山道、
ホースを繋いで消火に当たったと思われますが
たいへんな状況の中での当時の活動に頭が下がります

今年はこの時期に雨が降らずカラカラの乾燥状態
全国あちこちで火災が発生しましたが、昨日、こちらではやっと纏まった
雨が降りました
やれやれです

 

2026年2月20日金曜日

案山子



世の中には、あったらいいねと
なければダメ、となくてもいいの三つがあって
よく似た言葉に、やらねばと、やれたらいいねと、やらなくても
がある
なければダメの中には衣・食・住、そして仕事や家族があるのですが
ところが、よくよく考えてみると
衣食住のなかにもあったらいいよねとなくても大丈夫というのがあって
それは時代とともに変遷している
例えば、戦時中にはお米やいもはなければ餓死だったが
いまは必ずしもなくても生きて行ける時代になっていて
パンや麺類などがあれば生きて行けるが
しかし、完全になくなればそれはそれで困ったことだとなる
そして、あったらいいねは、時代とともに増え続けて、これもまた
時代とともに変遷している
公衆電話やラジオなんかはその典型で、災害が起きたときには
必要なものの一つと言われているが、携帯電話の充電が
可能な状態であればなくてもいいかなという程度で
その携帯の中にはアプリがたくさん入っていてゲームなんかは
あればいいかな、の典型で人によってはなくてもいいに分類されてしまう

ところが、生活の中に、あればいいかなというのが
実にたくさんあって、本当はなくてもいいというのが
ほとんどなのだ
断捨離をしてみればよくわかる
あればいい=捨てがたい
そういうのが、家の中でごちゃぐちゃしていて、狭い家を
ますます狭苦しくしている
人間は、死ぬまで欲深い生き物なのだ







 

2026年2月15日日曜日

栗林公園にて



昨日、バレンタインデーに相棒がチョコをくれた
直径2cm足らずのボールチョコ、一個250円なり、た、高い!!
んが~!おいしかった

スギ花粉の飛翔が本格的になりました
遠くの山が翳んでます
少し暖かくなってきたので、どこかへ出かけたいですね


 

2026年2月14日土曜日

志々島の案山子たち



志々島の人口は漁業の衰退とともに減少の一途で
昭和の初めには1000人の人たちが暮らしていたが
2015年には24人、2020年には19人まで減少した
ひととき島全体がお花畑で除虫菊やキンセンカなどの栽培が盛んにおこなわれ
都会地などへ出荷されていたが、平成20年代ごろには途絶えた
瀬戸の島々ではどこも同じような状態だ
それと同じことが日本中に起きていて、地方の人口減少はすさまじい勢いで進んでいる
一次産業の衰退だけではない
繊維産業や電器などの工業も同じく地方からあるいは日本からも姿を消している
随分と前から地方のインフラ整備(維持修理)が追い付かず
問題になっているがそれとともに声高に叫ばれているのが
コンパクトシティー構想、しかし、それすら危うい
人口10万や20万の小さな町が、どのようにコンパクト化するのか
推測では30年もたてば1億人を割り込み、その後20年も経たずに
全体の人口が半減してしまう
学校や公共市施設などの統廃合だけでなく今後問題になってくるのが
病院や商業施設などなど
考えすぎかもしれないが、島での現象は日本の将来を見ているような
そんな印象を持ちました
携帯が普及して、廃れたもの廃れ行くものは数多で、カメラ、時計、
テープレコーダー、ステレオ、ビデカメ、PC、ゲーム機
雑誌、新聞、本などなど、自動車産業も大きな変革期を迎えている
失われるもの数多く、新しく芽生えるもの極少ない
そういう時代になった

 

2026年2月13日金曜日

志々島にて



冬の志々島へ
花畑にお花が咲いていない季節に行くのは初めてで
船は混むことなく、のんびりと楽しめました
お花畑には誰も居なく、梅の木一本お花が満開で
他には、わずかにキンセンカと、未だ葉が緑でない
芝桜やノースポールの白い花などがちらほら
横尾の辻ではその手前で河津桜でしょうか、3~4輪
そして山頂のベンチのそばで水仙の花
ジョウビタキが暖かい日差しを受けてちょこちょこ
港付近では山羊さんと猫たちがくつろいでいました
島へ渡ると、、時間が止まったような特別な不思議な感覚を味わいます