2026年1月26日月曜日

みかん畑の中の小屋



みかんが普及しだしたのはいつの頃だろうか
わたしが子どもの頃の1955年から1960年代半ばまでは
みかん御殿と言われる時代があって、みかん農家は御殿を建てられるほどに潤った。
しかし、1968年の大豊作で価格が暴落し、
1969年にはグレープフルーツの輸入自由化により
農家は大打撃、立ち行かなくなってしまった
グレープフルーツは日本中に行き渡り、田舎で済む
わたしたちでさえ、フルーツを半分に輪切り、スプーンで掬って
食後のデザートとして食べたものです

桃が売れれば桃を作り、ぶどうが売れればぶどう、そしていちごなどに乗り換える
しかし、大概は長く続かずその後ずっと安値に直面し生活が成り立たないでいる
その後、安い労働力として出稼ぎや兼業農家に追い込まれ
そしていまや、それさえも破壊されてしまった
そう、安い労働力を求めて資本は地方からも逃げ、外国に進出してしまった

かくして地方での経済力はなくなり人口は減少の一途
かつて人口は地方から都市へ流出していたものの、
その田舎での人口が急激に減少している昨今、
もはや都市への流出はほぼ底の状態

赤字大国ニッポン、人口減少拡大の一途、対策なし
「もう一度日本を強い経済大国に」、おかしなことを言う
人口の爆発的増加と安い大量の労働力で強い経済国を作り上げてきた日本には
いまさらながらありえないことだ


 

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