2012年11月14日水曜日

愚痴りたくなる季節


日本は仏教の国というが
その割には無神論者が圧倒的に多い
死者に向かって読経を唱えるだけの
一つのパフォーマンスに過ぎない
国になってしまっている
仏教の教えとか
そこから学ぶべき人の生きる道
というかそういうことを学ぶ姿勢がまったく
見受けられなくなった
また教えるべき立場の方たちも
それを積極的にはしない
読経が単にお金稼ぎだと言われても
しかたないのではないか
いつの頃からそうなったんだろうか
 
日本人は死から目を背けがちで
自分の死について真摯に向き合おうとはしない
無神論なためがゆえに考えることも話すこともなく
ただただ内心狼狽えるばかり
誰しも必ず死を迎えることはわかりきっていることなのだが…
 
なにもかもパフォーマンスだけは大好きな国民だ
もうすぐ一大イベントのクリスマスがやってくる
 


2012年11月13日火曜日

生きるということ


生きるということは
誰かが借りを作ること
生きていくということは
その借りを返してゆくこと
誰かに借りたら
誰かに返そう
誰かにそうして貰ったように
誰かにそうしてあげよう
 
-永忠順-
 
亡き母にはもう返そうにも
返せなくなったな~

2012年11月12日月曜日

地鳴き


野鳥の鳴き声に地鳴きというのがある
「歌」や「囀り」にはそれぞれに求愛や縄張り主張など
小鳥の行動と深く密接な関係があることは判っていた。
 
それに比べて「地鳴き」は小鳥の動きとは
無関係な鳴き声だとばかりに思っていたが
そうではなかった
ちゃんと意味を持った鳴き声であることが判明した
 
実はつがい(夫婦)になった野鳥が
お互いの識別のために鳴いているらしい
 
「餌を探してくるからな~」
「いってらっしゃい、たくさん捕ってきてね」
「お~い、おれだよ、いま帰って来たぞ」
「おかえんなさい、あなた」ってなことのようだ
 
山に行って、ジッと耳を澄ませてみよう。
野鳥はほかにもまだまだたくさんの会話をしているようだ

2012年11月11日日曜日

秋の里山

 
春に続いて秋の国分寺カッパドキアへ出かけ、
奇岩を楽しんできた

 
紅葉は始まったばかりで
本格的にはもう少し先だが
四国八十八個所巡りの
お遍路道は
桜や楓の葉が赤く染まり
落ち葉もひらひらと…

2012年11月10日土曜日

竜ヶ岳への紅葉狩


旅暮らしの中で
一番好きな旅はと聞かれて
 
「我が家への帰り道」
 
-永六輔-
 
 
早朝に猪ノ鼻峠を走った
気温は6°
松尾川上流の竜ヶ岳では
紅葉が真っ盛り
標高500mほどに降りてきている
 
竜ヶ岳山頂から崖下の
紅葉を眺めようとして下ってみたが
途中で猿に威嚇され怖くなって引き返した


2012年11月9日金曜日

平日の昼間の温泉は

 
「いかんいかん…もう止めとかないかん…
あいつはほんまに……悪いやっちゃ…」
「あ~~あ~~~」
 
「足がしびれるようになった…もう治らん…
酒の所為やろな…
50年間、浴びるようにして酒飲んだからなあ~
よう飲んだ…」
 
「車検受けるならいいとこあるぞ
○○通りを、農協を通って、交差点があるやろ
ほれで天ぷら屋があって…
なにいう天ぷら屋だったかの~
ほら…、あれ…いかんが名前が出てこんが
…ほら…」
「      …      」
 
横で聞いてたわたしも店の名前が出てこんで
とうとう思いださんままサウナに入って
水風呂に入って
スカッとしたが頭の中はモヤモヤのまま
 
家に帰って…しばらくしてやっと思い出した
あ~あ~~、あの店や…
 
平日の温泉は年寄りの独り言ばっかり
せっかく、会話があっても途切れる
なんとなく暗いわ~
 
チイチイパッパチイパッパ
こちらはみんなで手を繋いで明るいね~


2012年11月8日木曜日

音源定位のできない鳴き声


山を歩いていると
小鳥の鳴き声をよく耳にするが
鳴き声によっては
どこにいるか方向さえ分からない場合がある。
 
これは仲間に知らせる警戒音だそうで
音源定位ができないように音を出しているとか
 
空高く、猛禽類等の敵が狩りをおこなっているとき
普通の鳴き声で仲間に知らせると
敵に自分の位置を教えてしまい、仲間は助かっても
自分の命を落としかねない
そこで音源定位ができない鳴き声をだして
仲間に危険を知らせる。
 
道理で、いくら探しても見つからないはずだわ。